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九州を!ヒッチハイクで五日間!~小さな僕がそこで見つけた、日本人の大きな心~ vol.1

今日は気分をかえて、ぼくが大学一年の冬休みに満を持して挑戦してみた

ヒッチハイク

について話したいと思います。

 

唐突で申し訳ありませんが、最初に結論をズバッとここで!

 

ヒッチハイクほど、これまでの人生において、これほど自分が大きくなっていく感覚は無かった。

それと同時に、

世の中を、それを通じて見ていく中で、これほど自分が小さくなっていく感覚もまた、それ以前の人生にはない。」

 

まあこういったところでしょうか(笑)

 

大学の他の関係もあって残念ながら五日間しか日数を確保できませんでしたが、結論としてそのたった五日間、そのたった五日間が、世界の極東に位置する「まことに小さな国」、

 

「日本」

 

の底力と、これからの可能性を、

「まことに小さな」このぼくに見せてくれたことは、ぼく自身、生涯忘れることはないだろうと感謝の念に堪えません。

 

そんな経験をここに書かせていただきたいと思います!

あれからもう二年ですか・・・はやいなぁ・・・

「ヒッチハイク」の画像検索結果

 

初めての免許、初めてのサークル、初めてのバイト、初めてのオールといった、いわゆる「大学生」を満喫していたぼくでしたが、大学一年の夏休みが終わったころに ふと、

「青春が逃げていく!」「大学のうちにもっと、今しかできない経験をしておかなければ!」

といったような一種の焦燥感に追われていました。そんなときのある日、テレビをつけると、「YOUは何しに日本へ」の番組でヒッチハイクをしていたのを見て、すぐ

これだ!!

と思いました(笑)

 

場所はまだ行ったことのなかった九州に即決。そして幸運にも、冬休みに行く予定だったので飛行機が安い!大学生にはありがたい値段でした。親父のバックパックに最低限の必要なものを詰め込んで成田へ!

時間を有効に活用するために早朝の便の予約だったので、その夜は成田で雑魚寝。こんなことができるのも若いうちだけだと思うと不思議にうれしかったです。しかしそのため飛行機の中では爆睡で、起こされた時にはすでに福岡の上にいました(笑)

 

福岡空港に着くや否や、ここからはもう知らない土地だと思うと、突然ものすごい虚無感が襲ってきました。そんな不安の中、用意してきた大きなノートブックに僕が書いた最初の大きな文字、

 

天満宮

 

しかし大きな字で堂々と書いたものの、当の本人が人見知り。とてもそれを自分の胸の前に掲げられるのか自信は全く皆無でした。しかしそれでもヒッチハイクができそうなポイントを探して歩き出しました。

良さそうなポイントを見つけ、ようやくトライ!!

・・・と思いましたが、やはり恥ずかしさのほうが先に出ましたね(笑)そのノートブックが突然重くなったかように揚がりません。

 

五分…十分……

揚らないまま何分経過したでしょうかね。そんな時、ずっとこの言葉が頭に浮かんでました。

「旅の恥は、かき捨て。」

 

ここにはぼくを知ってる友達はいないし、ぼくの人見知りな性格を知ってる友達もいない。

そう自分に言い聞かせ、これまでの全てを投げ捨てる思いで、やっとのこと掲げることに成功しました。諺の力ってすごいですよね(笑)

 

これがあと何分続くのか、それを考え始めようとしてノートを掲げてから、なんとわずか20秒!!! 一台の車の運転席から手招きが!!

その瞬間、どこからともなく僕の全身をかけめぐる、とてつもない興奮と感動が、突然のように起こったのは今でも覚えてます。

 

乗せてくれたのは、20代前半の若い男性でした。彼は大宰府に住んでおり、彼のお父さんを空港までお見送りした帰りだったそうです!

しかしまさか20秒足らずで初めてのヒッチハイクに成功するとは思わず、また、乗せて頂いた方としては車内で何を話したらよいのかなど全くわからなかったのですが、とりあえず乗せてくれたお礼を言い、名を名乗り、出身地を伝え、ヒッチハイクの理由を答えるといった、普通の会話が知らない者同士、一つの車内で普通にできたことは、ヒッチハイクデビューのぼくにとっては何ともありがたいことでした。

途中で彼がコンビニによって戻ってきた際にカルピスジュースを手渡してくれたこと、おいしい博多ラーメンを食べるつもりだと言ったら別れ際に二千円の餞別をくださったこと、ぼくはただ感謝の言葉を繰り返し伝えることしかできませんでした。

 

太宰府天満宮の入り口まで送っていただき、去っていくその車を見ながら、

「これが本当の一期一会なのか」

とそう思ったら、その後ろ姿が寂しく感じられました。

 

これがまた、旅の醍醐味なのかもしれないですね。

 

とにかく、ここからぼくの九州五日間の旅は幸先よく無事に始まったのです!

この続きはまた機会に。

見方の転換!「家族論」 どんなに悲しいことだって、受け入れなければならない時もあるのかも。若いなりに考える。

生き方

こんにちは!

11月に入りましたね。季節の変わり目です。体調の変化に注意してくださいね。

 

ぼくは、カナダはトロントの語学学校で今日も相変わらず英語を学んできました。

まだまだ英語初心者の身分ですが、今日は「結婚」について話す機会があり(もちろんハロウィンも 笑)、様々な国の友達と理想の将来像なんかを語ってきました。

「いつまでに結婚したい」「子供は~人ほしい」など、みんなそれぞれいろんな理想があるみたいですね! すごいなぁ~^_^

 

ぼくは今のところ、それほど結婚に重きを置いていないので、

「40代ぐらいで結婚できればいいかなー」

なんて簡単に答えてました。 ←できるかさえわからんけど(笑)

 

そんなこんなで、今日は僕が思う

家族論

について書いてみたいと思います!

おおげさに書いてすみません(笑)

クリックすると新しいウィンドウで開きます

 

結婚は「家族をもつ」ということですね。結婚して、子供をつくれば必然に「」となります。

避けたくても、親になれば責任ある立場に立たざるをえなくなりますね。

ぼくも子供ながらに、これは人生において最も重い役目であると思います。かつ、子供から見れば最も頼りになってくれる人です。

 

そうであるがゆえに、親の死は子供にとって最も悲しいものなのかもしれません。今までの道標がなくなってしまうんですから。

僕の親はありがたいことに現在もすこぶる健在ですが、このまま、

「いつまでもいてくれたら」

と、常日頃から願っています。

子供なら誰しもそう思いますよね。

 

しかし、人間とは儚いもので、いつか必ずその時は来ます。

 

残念ながら、人には「死」というものが、いつかは必ず来てしまうのです。その原因が老衰であろうと、事故であろうと最期には必ず訪れるものです。

 

親を失うことは、その子供にとっては悲しみのほうがはるかに大きいと思いますが、ぼくは最近、本当にただそれだけなのだろうかと考えることがたびたびあります。それだけでは必ずしもないのではないかと。

 

ぼくは最近、考え方を換えて、

「親の死は、人の人生には必要な経験でもある

と考えるようになりました。

 

親がいなくなることで、改めて実感することもあり、加えて新たな発見もあるのではと。

 

親は、我が子のためなら何も惜しまないでしょう。

究極に言えば、

親はその死をもってしてさえも、子に経験を積ませてやることができ、かつ親として、子に経験させなければならない使命もある

と。

言い換えれば、

親の最期の仕事とは、自らの子に自分の死をみせることにあるのではないか

と、最近このような見方にたどり着きました。

 

親とは子にとっての永遠の明かりであって、先駆者でもあります。

それがなくなることで、今度は自分で道を作り、後世の道標にならなければなりません。そこで初めて、人はその道づくりの難しさを知る。

それが、親が命を懸けてまで、親の最後の役割として、私たちに教えてくれることなのかもしれません。

姿は消えても、愛情だけは消えないのかもしれませんね。

 

こんな風に、どうせその時が来るなら、失うことだけを思い詰めてないで、人生少しぐらいポジティブに考えていきたいですよね!

 

それまでに、日ごろからの感謝だけは伝えていきたいと、心からそう思います。

 

はずかしいけどね(笑)

 

格言創作のすゝめ ~常識なんて、所詮はタダの多数決。常識は自分でつくるもの。大学生ならなおさらだ!~

生き方

 人は、若いころに於いては何をするかであり、延いては老いるまでに何をしたかである。

                           秋山好古

世界遺産 アマルフィ海岸 アマルフィ海岸の絶景写真画像  イタリア

この人は、私が尊敬している偉人の一人ですが、数々の偉人たちの名言というのは、その文字の一つ一つが楽譜のように美しく、そして真理の深い部分を突いていたりして、時にハッ!っと気づかされることがありますよね。

 

かくいう私も、いろいろな名言に心を奪われてきた内の一人です。

 

「名言はその人の歩いた生きざまの結論である、だから心に響くのだ。」

 

と、世の中のことすらさっぱり分かっていないこんな私ですが、すべてを悟ったような図々しさだけは、自分でも憎らしいですがずっと健在です(笑)

 

しかしながら、色々な名言・格言に心を動かされてきた私は、中二の時、僭越にもこのようなことを心に抱きました。

 

「自分の格言をつくってみたい」と。

 

およそ中二病だと思われても仕方ないのですが、実際この時私は中二でしたので許してください(笑)

 

しかし、これはその後の私の人生において、かけがえのない、非常に大きな一部となることなど、この時は全く想像すらしてませんでした。

 

私が感じた、私の言葉による、私に向けた、私だけの世界が、そこには広がっていました!

 

中二の時、私の初めての、私に向けた格言です。よろしければ。

 

「人からの言葉とは、ただの助言にしか過ぎないのであって、自分が自分で決定してこそ、自分という存在として、自分という結果に終るのである」

 

他人に多様な意見を言われても、それはその人の経験から導き出された考えにしか過ぎず、最後は自ら何らかの結論を出し、それを実行していかなければならない。

それは他でもない私自身という一個体の人間として、結果の良し悪しに関わらず、私というものを通して反映され、今の自分を形成するのである。

 

中二でしたから、格言とはほど遠く拙い表現ですが、今思えば、迷ったときや困ったときなどに見返すことで、この言葉は私の人生を導く一つの標識になってくれた気がします。

 

それに気づいたとき、もう一つの文がこの拙い頭に降りてきました。

 

「自らの格言、座右の銘は他人から聞いたものであるべきではない。自ら歩いて、見つけて、思考して。そして、自分で結論づけたものであるべきだ。」

と。

 

格言は自分のパーソナリティーの一部となりえます。

世の中の常識なんて、意見が合致した多数派によって構成されるものに過ぎず、それが基準となって定石を広く保たせるための方法の一つ、というだけの規定があいまいな言葉ですよね。

 

確かに秩序規範意識は大事なもので、道徳的常識などの最低の常識は大切です。しかし世の中には、ガリレオ・ガリレイに代表されるように、「常識」を超える「非常識」が必ずあります。

 

地動説問題のように、今日非常識であることが明日には常識になる、言い換えれば「明日から今日を見れば今日が非常識になる」ということです。

 

つまり、世間が言う常識の「常識」など元からなく、当然規定なんかできません。

常識の先駆けとなるのは、必ず世間が言うところの非常識だとおもいます。

 

道徳的常識以外、常識は自らで作り、それを格言として、自己の道標とすることを、21歳、多感な大学生である私なりにすゝめます(笑)

 

この機会に「自分だけの格言」をつくってみては。

 

初めまして!世界のみなさん!

 

こんにちは!

まず始める前に、軽く自己紹介を。

 

私、学生をやらせていただいてます!希望の18歳、挑戦の19歳、そして飛躍の20歳を二週間前に過ぎ、とうとう21歳になってしまいました。学生生活って、すさまじい速さで過ぎ去っていきますよね。新幹線並みに(笑)

しかし、現在は二回生を終えてカナダに一年間の語学留学中です。留学しようと思った理由ですが、、、長くなりそうなのでそれはまた今度にしましょうか(笑)

 

一番好きなものは「旅」です!日本国内も海外も!海外には両親が好きなこともあり、これまで20近くの国にこの足を歩かせてきました。主にヨーロッパが多いです。

世界遺産 ドブロヴニク旧市街 ドブロヴニク旧市街の絶景写真画像  クロアチア

日本では九州で人生初のヒッチハイクを試みました。いつか詳細を話せたらと思います。

 

「職業、旅人。自称、一時の思考家。」これが僕のプロフィールの全てです!

 

また、最近は歴史の偉人たちにはまっています。彼らの生きざまを通してみるとたくさん発見があるということを今さらながらに悟っております。

 

 

僕の今の目標は、「生き方をみつけること」。

ブログを書くことは、自分の生き方を見つけられる一つの方法かもしれないと勝手ながら思っております。

大学生って多感な時期なのかもしれませんね。これからこのブログを通して、日々の思っていること、感じていること、気づいたこと、経験したことなどを気ままなとき、気ままな場所で、気ままな気分で書き留めていきたいと思います。

 

疲れた時に気ままに立ち寄っていってください。これからよろしくお願いします!